院長 荻原 尚樹 の自己紹介
| 星座 | 射手座 |
|---|---|
| 好きなこと(もの) | ジョギング、読書 |
| 嫌いなこと(もの) | ハト、たまねぎ |
| マイブーム | アンチエイジング |
- 平成5年
- 日本大学歯学部 卒業
- 平成12年
- 荻原デンタルクリニック 院長就任
日本顎咬合学会会員
日本口腔インプラント学会会員
日本抗加齢医学会専門医
足立区歯科医師会会員
2008年2月
ザ・クインテッセンス《ゴシックアーチの評価を考える》
患者様へメッセージ
これまでの歯科医院は(痛くなったら行く)(とれたら行く)場所でした。 しかし、これからはずっとご自分の歯で美味しく食事をして頂く為、お口の中の健康を維持できる様、お力になれればと思います。また治療の面でもご満足頂けるように、日々、スタッフ一同で最新の歯科技術を研鑽しております。お気楽にご相談下さい。
院長の自己紹介
双子〔男と女〕の長男として、東京・足立区で生まれました。
初めての子供が双子だった為、両親は子育てに大変な思いをした様です。どちらかが泣きやんだと思ったら、片方が泣き始める。ミルクを取り合い泣きあう、
一人がとことこ歩いたらもう一人が違う方へ行ってしまう。両親はいつも目を離せなかったそうです。小さい頃は楽天的な妹と比べて私は少し心配性な所がありました。電車で母親の田舎に帰る時、母が駅弁を買いに行くと、歌を歌ってリラックスしてる妹に比べ、私はいつ電車の扉が閉まるか気が気でなく、はらはらしていましたのを今でもよく覚えています。
小学校時代は野球に夢中でした、学校が終わると宿題もせず近くの公園で野球をし、週末は少年野球チームの試合がありました。当時から今もそうですが
巨人ファンです。また、当時の足立区は沼地が多くて、ザリガニ釣りにいったり、駄菓子屋、もんじゃ屋に行ったりと典型的な下町の小学生でした。
中学、高校になると一転して音楽に夢中になりました。外国、日本のロックバンドに夢中になりレコードを集めたりしてましたが、そのうち聞いてるだけでは物足りず、高校に入るとバンドを組みました。学園祭の演奏の他、ライブハウスでも演奏したりしていました。一人で練習してる時とは違い、皆の音が重なり一つのメロディーになる時、何とも言えず楽しい気持ちになるのがとても好きでした。その一方で体を動かすのも好きだった為、高校2年の途中まで陸上部に入って長距離をやりました。駅伝チームの一員でしたが、校内のマラソン大会では常に上位で長距離には自信があったのに、大会では他の学校のレベルの高さに驚き、とてもかないませんでした。その結果、陸上より音楽の方に力を入れる事となりました。
私が歯学部に行く事を決めたのは、小さい頃から手が器用で細かい仕事がしたかった事、文系より理系の方が得意だった事があげられます。そして自分が大の歯医者嫌いだった為、怖くない歯医者になりたいと思いました。それと父が歯科医だったので、その影響があります。小さい頃から仕事ぶりを見て大変と思う部分もありましたが、それ以上にやりがいもあると思ったからです。小さい頃家の前で遊んでいると、治療が終わった患者さんに、君のお父さんにやってもらって痛くなくなったよ、とか楽になったよ、とかよく声をかけてもらいました。それを聞いて自分も嬉しかった事をよく覚えています。科目を理系にしぼり特に高校3年生の時はかなり勉強し、無事合格する事ができました。
大学に入ったら、それまでの受験勉強から開放され、一息つけるかなと思ったのに、歯学部はカリキュラムが厳しく、気を抜くとすぐ留年してしまうのです。全出席の上、レポート提出、模型の宿題と大変でしたが何とか留年せずに進級していきました。一方で体育会の硬式テニス部に入部しました。テニス部は校内でも厳しいクラブとして有名でした。練習、試合と本当にテニス漬けの毎日でした。その甲斐あって毎年の全国大会では常に上位の成績を残す事ができました。ただ振り返ってみると成績よりも活動を通して規律、礼儀、目上の方に対する言葉使い、時間厳守などを学べた事、体力的な自信、根性が鍛えられた事が自分にとって大きな収穫となりました。
卒業後の進路については、大学病院に残るか、開業医院に勤務するか迷いました。自分としては大学が好きだったので、そのまま病院に残るつもりでした。しかし国家試験前の2月にある開業医院を見学する機会がありました。大学での診療しか知らなかった私はもの凄い衝撃を受けました。その院長はかみ合わせをベースとして、歯周病、インプラント、矯正、義歯とハイレベルでこなし、大学でも見た事のない様な咬合器〔かみ合わせの機械〕を持ち、使いこなしてました。自分もこんな歯科医師になりたいと思い、その場で卒業後働かせて欲しいと頼み込み、数日後了解の返事を得られた時はとても嬉しかったです。
国家試験に合格し、歯科医師としての生活が始まりました。院長からは技術的な事はもちろん社会人としての基本まで沢山の事を教えて頂きました。日曜は講習会やセミナー、またスタディークラブでの症例発表と無我夢中になって勉強しました。休みはほとんどありませんでしたが、今振り返っても充実して楽しい期間でした。その後、もう一軒の開業医院に勤務しました。ここでは技術的な事の他、スタッフ教育、学会での発表方法を学びました。
その後、1997年10月より現在の診療所に勤務し、2000年より院長とになり、現在に至ってます。
技術の習得に夢中になってた時と比べ、自分が治療した患者様の経過を観察していく中で、メインテナンスが不十分な為、治療した歯にトラブルが起こる事をたびたび目にする様になりました。そういう中で治療が終了しても安心できない、その後が重要であるということを実感し、リコールシステムを確立していきました。また、予防先進国であるスウェーデンやフィンランドの歯科医師のセミナーで学び、予防の重要性も実感し、医院の中でシステムとして機能する様、スタッフ一同研修している所です。
また歯科治療としましては、咬み合わせをベースとした全体的な治療を心掛けると共に、常に最新の技術をマスターする為に、これからも日々努力していきたいと思っています。
これから長い間、患者様のお口の健康を維持できる様に、頑張りたいと思いますので、よろしくお願い致します。
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